天に登る石

町外れの小さな丘に、石が立っている。
 大人の膝ほどしかないその石は、周りを竹林に守られるようにして佇んでいた。
 曰く、『石に触れようとしてはならない』
 曰く、『石の後ろに回ってはいけない』
 禁を破れば例外なく祟りや神隠しに遭う。それが古くからの言い伝えだった。言い伝えを知るものは恐れて近づかず、知らない者にとってもわざわざ来る必要のない無用の場所。やがてその言い伝えごと、石のことは人の記憶から消えていった。
 永い時が過ぎ、一人の若い僧が導かれるように丘に来訪する。
 熱帯夜の生ぬるい空気は、僧の肌を舐めあげるようにまとわりつく。風は吹いていないが竹林は葉をこすれ合わせ鳴り出す。寄るなと、去れと僧を拒絶する。
 僧は怯まず、去らず、竹林の中に入る。シャン、シャンと腰にある鈴が響く。何かをなだめるように、周りを広く音で包む。
 そして、僧は石の前にたどり着いた。周囲の竹はより激しく葉をこすり合わせ、竹同士をぶつからせ警笛を鳴らす。後戻りは出来ないと忠告をする。
 僧は左手に持っていた金の輪が垂れた杖を地面に突く。その一喝で竹林は怒られた子供のように静けさを取り戻していく。残った右手では石の頭に触れ、石を撫で始めた。見ようによっては罰当たりな行為だが、ことこの石にとってはそれが是らしい。
 撫で続けるうちに、石は少女の姿に変わる。闇に溶ける長い黒髪と、かわいらしい顔に見合う大きな黒目。僧はそのまま石の少女に告げる。
「がんばったね。君と一緒にきちんと送ってあげるから」
「ありがとう。おにいちゃん。よろしくお願いします。背中にあるから」
 少女は告げ、僧は石の裏側にゆっくりと回り込む。その付け根には、一つの簪(かんざし)と小刀。少女を残しあらぬ疑いをかけられ殺された両親の形見だった。後を追うように病死した少女は死しても形見を大事に持ち続け、守り続けていた。親子の絆を切らぬように、大切に。
 僧は少女の形見を手に持ち念仏を唱え始める。もう一度ありがとうと笑顔で言い、少女は形見と共に、周りに溶けるようにして両親の待つ場所へと消えていった。 
 腰の鈴を鳴らしながら僧は去る。その後ろで佇む石には、少女を天へ導くように月明かりが淡く照らしていた。