たいようのはな

 ポケットモンスター、略してポケモンの世界、人間とポケモンが共存する世界にあってポケモンも当然のように恋をする。現在500に届こうかという種族がいるためカップルも多種多様であった。
 ある道路の草むらに住んでいたニノ(ニドリーノ)は、同じ草むらにいる友達のガル(ガーディ)といつものようにたあいのない会話をしていた。
「ガル、ちょっと話があるんだ」
「なんだよ? 改まって急に」
「俺。今度あいつにプロポーズしようかなと思うんだ」
「あいつって誰だよ?」
「クサイハナのキィ」
「えっ!?」
 ガルは驚愕した。別に結婚するのはいい、ものすごく祝福するし祝辞も喜んで読ませてもらう。ご祝儀の代わりにふしぎなアメをあげてもいい。ただ、相手が相手だった。
 クサイハナ……その臭いは二キロ先まで届き、対象の気を失わせるというまさに名を体に現したポケモンである。
「何でよりによってクサイハナなんだよ! お前何を言ってるのかわかってんの!?」
「ああ、わかってるよ」
「同属同士でしかくっつかないような種族だぞ! つまりだ! そうするしかないほどほかに嫌われてるって事だ! 臭いんだぞ!」
「でもお前の鼻でもそれほどにおってはいないんだろ?」
「まあ……確かに……この草むらにはハーブもあったりするしな」
「だろ?」
「でもなぁ。…………お前も物好きだったんだな。ま、これ以上は何も言うまい。やるからにはがんばれよ」
「ああ」
「話は変わるが、そういえばお前サカキって知ってるか?」
「いや?」
「ポケモンを自分の利益のためだけに生け捕ったり、殺したりするやつなんだぜ」
「なんだそれ? ポケモンの敵だな」
「ああ、ホント最低なやつだよ。この近くに来てるって風のうわさで聞いたからお前も気をつけておけよ」
「OK。わかった」


 ガルと分かれたあとニノはいつもどおりキィのいる森に遊びに行った。
 最初この森に来たときは、別の土地からの来訪者に森のポケモンたちも警戒していたが、今では自分たちのほうから話しかけるぐらい仲がよくなっていた。
 そもそもこの森へ来たのは、自分がそもそもいる草むらから近い場所にある森で、単なる好奇心からだった。
 森の中でニノは底なし沼にはまり、自慢の爪を沼の外に引っ掛け沈むのは防いだが、身動きが取れなくなっていた。
 森のポケモンたちは来訪者には冷たい。みなそこから離れていくか、ひどいものはその様に笑うものもいた。
(まずいなこれは、このまま衰弱死か?)
 そんな思考が頭をよぎったとき声が聞こえた。
「これにつかまりなさい」
 目の前には草のつるが延びていた。
 それをつかむと、つるは勢いよくニノの体を引っ張り、底なし沼から脱出させた。
 それが二人の出会いだった。

「実はこのにおいは調節できるのよ。気絶するほどのにおいを出すのは嫌いなやつにだけ。まあ、それでも多少くさいのには変わりないんだけどね。この世界には誇張して伝わっているみたい」
 キィと名乗ったクサイハナはそう説明した。
「ねぇ、そこに……君のいる草むらに連れて行ってくれない?」
 自分が近くの草むらから来たことを告げると、キィはそういった。なんでも今まで一度も森から出たことはないらしく、外の世界を知らないとのことだった。
 断る理由もないし、お礼もかねてニノはキィを森から連れ出した。
 外の世界を見たキィは照りつける太陽や、草むらにいる見たことのないポケモンたちに最初驚いていたが、慣れてくるとその風景を楽しむようになっていた。
 うれしそうな表情のキィにニノもうれしくなった。
 それから二人は仲良くなり、何度も会うようになった。
 そして、二人が恋人になるのにそう時間はかからなかった。


 キィがいる場所へつくとナゾノクサがあわてたようにこちらに走り寄ってきた。
「キィサラワレタ」
「えっ!?」
「ボクタチノカワリニサラワレタ」
「モリヲマモルタメニサラワレタ」
「どこに、どこに行ったか教えてくれっ!!!」
 さらわれた場所を聞いたニノは急いで向かった。

 話に聞いていた洞窟は森のすぐ脇にあった。洞窟内は進むほど広がって行く構造だったが、人工的な光とこの先に起こることへの緊張感で、むしろ圧迫されているような感覚さえした。
 何度目かの曲がり角を曲がったとき、ひときわ大きな場所に出た。
 少しはなれたところで話し声が聞こえた。

「一人とは余裕ね」
「理由は二つある。お前がそれほど強力なポケモンではないということ。そして、ここに来た理由がほかの者の身代わりだということだ」
「さすがに組織の頭は張ってないってわけね」
「ほめられるとは思わなかったな。だが残念ながら今回の目的は何の問題もなく果たせた」
「えっ?」
 サカキは懐から石をひとつ取り出した。
「この太陽の石でクサイハナを進化させるとキレイハナという非常に珍しいポケモンになるという」
「ふーん、それは変な石ね」
「進化した君は、私たちの研究のために色々な実験に付き合ってもらう」
「そんなのお断りよ」
「拒否権はないんだがな」
 そう言いながらサカキが石を掲げると、キィの体が光った。
 ニノは今すぐ飛び出したかったが、放たれた光により視界がすべて白くなってしまい、キィの正確な場所がわからなかったため、何もすることができなかった。
 やがて光が闇に吸い込まれていき、光の中心から現れたのは、見たことがない綺麗な花だった。
 しかしその綺麗な花の目は以前のものと変わらず、サカキをにらみつけていた。
「キィ!」
 ニノは綺麗になったキィに駆け寄った。
「あ、ニノ」
「キィ。大丈夫か?」
「敵に背中を見せるもんじゃないな。」
「!?」
「じゃまをするな、死ね。」
 そういって銃を撃つ瞬間、キィが間に割って入った。

 バンッ!

「うっ! …………これ以上あんたの好きにはさせないっ!」
 体を震わせたキィは、自身から出た粉をサカキにぶつけた。
「くっ! これは、しびれごなか!?」
「キィ!?」
「私のことはいいから! 早く! 今のうちよ!」
「っ……! くっ、クソォォォオオオオ!!!」
 
 ニノが普段の性格からは考えられないほどの声で叫んだ瞬間、大地が大きく振動した。
「地震か!? こんなに大きなものが!」
 洞窟内のすべての石、岩が轟音とともに崩れていく。
「しかし、この程度の地震ならばもんだいはな……!?」
 その時、サカキは自分の真下の地面が少しおかしくなっていることに気づいた、無数の亀裂が入っていた。
「こ、これはじわれか!? ウワァアアァアアア!」
 揺れていた地面が一閃に裂けていった。断末魔の叫び声をあげながら、サカキは大地から落ちていき、その上には地震で洞窟の崩れた天井が覆い被さった。
 割れた大地は、ポケモンの敵を容赦なくあっけなく飲み込んだ……。




「キィ! キィッ!!!」
「……なによ? 大きな声出して。うるさいわよ? ……せっかく綺麗になったっていうのに、これじゃあ踊れないわね」
「キィ!!」
 力がなくなっていくキィの体。どうしようもなく死を感じてしまったニノは、ただキィの名前を呼ぶことしかできなかった。
 そうでもしないと、すぐ消えていなくなってしまいそうで、遠くに行くのを呼び止めるように、ひたすら必死になって名前を叫んだ。
「あなたこれで英雄よ? 大出世じゃない」
「もう! もうしゃべらなくていいから!」
「聞いてよ。もうちょっとだけだから」
「……」
「あなたと出会ってから、とても楽しい日々だった。世界が一気に広がった。私を森から連れ出してくれてありがとう。あの時は戸惑ったけど、本当によかった。連れ出してくれたのがあなたでよかった」
「あぁ……あ……」
「今度は、その力でみんなを守ってね」
「キィ!」
「じゃあね、ニノ。あなたを好きになってよかった……」
「キィ!!!、キィィイイイイィィィイイイ!!!」
 静かに目を閉じ、それきり何もしゃべらなくなったキィを、ニノも無言で涙を流しながら見つめ続けていた。

 それからどれくらいの時間がたったのだろう。いつしか涙も枯れてしまっていたニノがやっとひとつ言葉を発した。
「あの森に帰ろう、キィ」





 彼女の亡骸(なきがら)を抱えて、二人が出会った森に向かった。
 森は出会ったころと同じように、モヤでしらみがかっていて先は見えなかっが、今のニノには視界はあまり関係なかった。むしろ見えないほうが、頭に余計なものが入ってほしくなかったのでむしろ都合がよかった。
 ここに来るまで、絶えず彼女への謝罪を繰り返していた。
 もう少し自分が強ければ。彼女を守れたのに。
 自分のせいで彼女を殺してしまった。
 ごめん。ごめん。ごめん。ゴメン。ゴメン。ゴメン……。
 ずっとその言葉を繰り返しつぶやいていた。



 彼女を森にいる仲間たちに渡して立ち去ろうとした後、仲間の中にいた一匹のナゾノクサがこちらに来た。
「コレ、キィカラノテガミ」
「キィから?」
 ニノが受け取った手紙にはこう書かれていた。

 ニノへ
 この手紙は私にもしものことがあったときにあなたに渡すようにお願いしていたものです。
 ということは私はもうあなたの声を聞くことはできません。
 それはとても悲しいです。
 

 恥ずかしくてあなたについに言えなかった言葉があります。本当は直接言うべきなんだけど、恥ずかしくてやっぱり言えないかもしれないので手紙で言うことにします。
 あなたが好きです。
 あなたが大好きです。
 あなたを助けたあのときに一目ぼれしてました。
 ずっと口には出せなかったけど心ではいつも思っていました。
 本当にあなたが大好きです。
 
 あなたに幸せになってほしいから、本当は私のことなんて忘れて次の恋愛をしてほしいのだけれど、私は残念ながらそれほど強いポケモンではありません。
 だから、あなたのそばにいさせてください。
 あなたがほかの誰かを好きになっても、私はずっとあなたが好きです。
 まだまだ書きたい事はたくさんあるけれど、時間もないし、一番大事なことは伝えられたのでここまでにしておきます。
 私と出会ってくれてありがとう。
 私を森の外に連れ出してくれてありがとう。
 あなたを大好きにさせてくれてありがとう。
 私を好きになってくれてありがとう。
 じゃあね、ニノ。


P.S
上ではああ言ったけど早く次を見つけたほうがいいよ(笑)クサイハナの私を好きになるような君のことを好きになる人なんてほとんどいないんだから(笑)

 懐かしい匂いが残る手紙には、種が同封されていた。
「コレハボクタチカラ。モリヲマモッテクレテアリガトウ」
「これは……月の石……」
「アリガトウ」
「アリガトウ」
 ナゾノクサたちは口々にそう告げて森へ帰っていった。


 ……シャン……シャン……。
「?」
 ニノが森を出るとき、とても心地のよい音色が聞こえた気がした。




そして少しだけ時間がたった。




 最近のニノは忙しい、守るものが一人から大勢に増えた。
 守るために倒しただけなのに、英雄にされ、この付近一帯を守るための王様にされてしまった。
 ただまあ、もう一度守るチャンスをくれたのだと思えばそれも悪くないと思った。
 広い部屋のドアの向こうから、ウィンディになった彼が来た。
「ようガル」
「忙しそうだな、ニノ」
「まーな」
「過労死なんてするんじゃねえぞ?」
「それをしないためにお前がいる」
「あちゃー。余計なこと言ったか」
「期待してるよ」
 ニノは専用に作られたイスに座り、隣にある花瓶に話しかける。
「キィ? あの手紙にはウソがひとつだけある。この声は聞こえてるだろ? 君が飽きて俺を迎えに来るまで俺はしゃべりかけるよ。それくらいさせてもらえないと割に合わないからな」
 
 地位も姿もキングとなった彼の横には、彼が死ぬまでついに枯れる事が無かった綺麗な花が咲いていた。



おわり



参考(ポケモンの説明)
ニドリーノ
怒りやすい性格。発達した爪を振り回してダイヤモンドも串刺しにする
ニドキング(月の石)
石のように固い皮膚と長く伸びた爪が特徴。爪には毒もあるので注意
ナゾノクサ
別名アルキメンデス。夜になると二本の根っこで三百メートル歩くという
クサイハナ
めしべが放つとてつもなく臭いにおいは二キロ先まで届き、気を失わせる
ラフレシア(リーフのいし)
世界一大きい花びらからアレルギーを起こす花粉を鬼のようにばら撒く
キレイハナ(たいようのいし)
南国に多く生息する。踊るとき花びらが触れ合い、心地よい音が鳴り響く