とある兄弟とビーチバレー

「はぁ。おもしろい番組やってないなぁ」
 マリオは、そう言いながら皿の中にあるピーナッツを口の中に放り込む。エアコンが効いているというのに、さらには扇風機を自分の側だけに寄せて風を受けていた。上下下着一枚で髪もボサボサという無精な格好の中にあって、異様なほど綺麗に整えられたヒゲが風になびいている。
「兄さん、それだと風邪引いちゃうよ?」
 弟のルイージが声をかける。整えられた顔、兄ほどとは言えないが立派に彼の特徴の一つとして自己主張するヒゲ。そして兄のだらしない体とはうって変わった細い中でも力強さを魅せる肉体。ヒゲ以外は似ても似つかない弟が兄の体の心配をする。
「風呂上がりなんだ、もうちょっとだけ」
「湯冷めしちゃうよ兄さん、気をつけてね」
「おう」
 ルイージはそれだけ話すとテーブル近くに腰掛け、兄と同じようにテレビを見ていた。テレビでは今までやっていた番組が終わったようで、次の番組へ行く間のつなぎとして短いニュースを放送している。海水浴に来る観光客の様子と、日射病や熱中症に気をつけるようにアナウンサーが注意を呼びかけていた。
「海水浴かぁ」
「遊びに行く? 兄さん」
「うーん、それも良いけど、無職の身で遊びほうけているのもちょっとなぁ」
「兄さんは真面目だね。そんな兄さんが好きだよ」
「よせやい気持ち悪い」
 マリオが勤めていた小さな配管工場が不況でつぶれてしまった。今は無職である。かたや弟は大手貿易会社に勤めるエリート会社員だった。
 端から見てると、目を覆いたくなるほど天と地の差があった。それでも、弟は黙々と仕事をこなしていた兄が大好きで、尊敬していた。
「それなら兄さん、いい話があるよ」
「なんだ?」
「お仕事だよお仕事。詳しくは明日現地に行って話すよ」
「んー? 本当か? 悪いなルイージ」
「いいんだよ兄さん。困ったときはお互い様さ」

 次の日、夜のうちにたまった水分を易々と蒸発させてしまう太陽と暑さの中、ルイージの車で二人はある場所へ向かった。
「なるほど、そういうことか」
 鼻を通る塩の香り、前を見れば少し茶色い白砂と後は上も下に広がる青。開放感溢れる真夏の海を見ながら二人は立っていた。
「さすが兄さん、察しが良いね。そう、今日は海の家で働いてもらいます」
「確かに、仕事にもなるしみんなに釣られて楽しい気分にもなるな。サンキュなルイージ」
「いやとんでもない! 僕にとってはこれが普通さ。僕は兄さんに何かしてあげたくてたまらないんだ。兄さんがそう願うなら今すぐ全ての内蔵を売ってでも兄さん専用のプライベートビーチとプライベートガールを用意することだって出来るよ!」
「重い……重いぞルイージ」
 苦笑いをするマリオににっこりと笑顔で返し、ルイージは海の家を案内した。

「兄さん、この人が店主のバズーカさん」
「あ、マリオさんですね。どうも!」
「今回はよろしくお願いします」
「敬語なんてやめてくだせぇ! むしろこちらが恐縮しちまう。あのジャンプで有名なマリオさんが作った物を出すと聞いたらこの店も繁盛間違いなしでさぁ! わはははは!」
 キノコ頭の店主は豪快に笑いながらそう答えていた。というか、キノコ族だった。
「ということは、今日自分のやることは調理だね?」
「はい! 裏の方で各種キノコを焼いてくだせぇ!この店の名物でさぁ!」
 いつも思うんだがこれは共食いにはならないのかとマリオは感じていたが、ここでそんなことを言ってもしょうがないので説明を聞き店の裏に入った。
「とりあえず一本焼いてみたから食べてみてくださいよ!」
 そう言われて出された串焼きのキノコをマリオは食べる。香ばしいたれの香りが鼻を抜け、食べると歯ごたえとキノコの味が口の中に広がとても美味だった。これなら確かに売りに出来る。
「どうですかね?」
「これはうまい」
「そりゃあよかった!」
「よし、みんなに食べてもらえるように俺もがんばろう!」
「熱くて大変ですけど、よろしくお願いしますよマリオさん!」
「じゃあ兄さん僕はこれで、がんばってね!」
「おう!」

 客が集まりだしてきたときに店を開店し、食べ物飲み物を売り始めた。店の前には『本日限定! マリオ焼いたハイジャンプキノコ焼き!』と木の板に書かれた看板がおいてあった。自分が普通に焼いてるだけのキノコにハイジャンプも何もないだろうとマリオは思ったが、忙しくなるに連れ、キノコを焼くだけに集中していた。
 看板の効果もあって店は繁盛し、特にハイジャンプキノコは売れに売れた。たまにサインや写真をお願いされることがあったが、手や顔が汗やたれでべたべたなのと忙しいのでやんわりと断った。
 
 太陽が少し西に傾いた頃、何故か仕事をしてるはずのルイージがやってきた。
「今日はもう仕事終わったから見に来たよ」
「もうって、まだ午後三時だぞ」
「いいのいいの細かいことは気にしない! それより兄さん! これにでない?」
 ルイージがマリオの顔の前に出したチラシには『来たれビーチの覇者! キノコビーチバレー大会』と書いてあった。
「兄さん、これにでない?」
「でもなぁ。まだ仕事中だし」
「マリオさん! もうキノコもなくなっちまったし、どうぞ行ってきてくだせぇ! ありがとうございました!」
「いいのかい?」
「はいさぁ!」
「よし兄さん! 僕と参加しよう!」
 
 会場に行くと、人だかりが出来ていた。どうやら人気イベントらしい。近くまで行くと、ちょうど誰かが案内を始めていた。
「私は主催者兼審判です! どなたでも参加してください! なお、今回はピーチ姫もご観戦されるそうです!」
「えっ?」
 マリオは驚きの声を上げ、ルイージに顔を向けた。
「ルイージお前、これも狙ってたな」
「さあ何のことだか。でも姫が来るならがんばらないとね、兄さん!」
「……まったくホントいい性格してるよお前は。早くもっと出世しろ!」
「言われなくても! 僕の全ては兄のために!」
「だから重いから! 大衆の面前だぞ少しは慎め!」

 エントリーは八ペア十六人。トーナメントの組み合わせが抽選によって決められ、試合が始まった。
「では一試合目、『マリオブラザーズ』対『パタパ隊特攻組』試合開始です!」
 そう主催者兼審判が告げ、試合が始まった。
「おい審判!? あいつら飛んでるぞ、何かずるくないか!?」
「パタパタだからしょうがないです。許可します」
「なんだと!?」
「兄さん大丈夫! 兄弟の愛があれば必ず勝てぇる! この試合に勝って兄さんにほめてもらうんだうふふふふふふふふふ」
「気合いと想いがだだもれだルイージ! 自重しろ!」
「あなた方にはいつも踏まれてますが今日は負けません!」
 
 試合は一進一退だった、相手は腕力がないためスパイクの強さこそ無かったが、相手は飛行を最大限に活用した機動力によりどんな玉でも拾い、トリッキーな攻撃を仕掛けてきた。
 兄弟も必死で玉を拾う、そしてなんと言ってもこの男の気合いは群を抜いていた。
「チェストォォォオオオ!」
「うわぁぁあ!」
 ビーチボールなのにズバンと音を立ててパタパタを吹き飛ばし、地面に落ちるボール。ルイージの圧倒的なスパイクにより、最後には十対八で勝利した。
「マリオ―! おめでとう! 次もがんばってね」
「お、おう」
 特別観客席にはピーチ姫が観戦していたが、マリオはそちらを見ることをせず、親指だけを上に立てて答えていた。
 マリオはピーチ姫を直視できないでいた。それは無職から来る負い目ではない。ピーチ姫の水着姿だった。彼女のイメージカラーであるピンクを基調としたビキニ、テントで影が出来ていてもその姿はマリオには眩しくて、恥ずかしかった。

 二戦目、準決勝は初戦より相手は弱かった。しかし、色々と問題が出てきた。
 ビーチバレーは基本二人でやる物だが、ほとんどのポイントはルイージだけが決めていたため、どの試合も接戦だった。
 マリオは往年のジャンプ力を無くしていたため、ほとんど守備に回り、地面に落ちそうなボールに必死で手を伸ばしていた。一般人ならほほえましく見える光景も、マリオの事をよく知っていて見ている観客には、落胆を覚えさせた。

 そして決勝戦。各チームのペア名を審判は読み上げる。
「さあ、決勝戦は『マリオブラザーズ』対『ユッケジャンクッパ』です!」
「なんだまたお前か」
「何だとは何だ! マリオ! 今日こそはピーチ姫を頂く」
「いつもいただいてから言ってくるくせに……」
「そんなことはどうでもいいのだ! 覚悟しろマリオブラザーズ! 今日こそこてんぱんにしてやる。そして、ピーチ姫を頂き、デートするのだ」
「一位の商品はデートではありませんよ」
 審判は冷静に答えた。
「いいわ! やってやろうじゃない!」
 観客席から声が上がった。ピーチ姫だった。
「マリオが負けるわけ無いもの! デートだって何だってやってやるわ!」
「な、なんでもだと!? おい、聞いたかワンワン! 我が輩にもチャンスが巡ってきたぞ!」
「ガウガウ!」
「負けられなくなったね、兄さん」 
「もうホンにあのお姫様は自分の立場をわきまえてほしいな……」
 
 試合は所詮を超える激戦になった。クッパのパワーとワンワンの機動力の前に何とか食らいついていくブラザーズ。だが普段スポーツをしなくなっていたマリオにとって今までの疲労の蓄積があった。なにより
「ぐっ」
「どうしたルイージ!」
「ちょっと肩を痛めちゃった」
「なんだと!?」
「でも大丈夫! 愛があれば肩の十本や二十本!」
「二本しかないから! ……ルイージ、今まですまんな」
「あきらめちゃうの!?」
「いや……最後は俺が決める」
「じゃかあしいわ! 試合中に何を喋ってる!」
 そういうクッパの強烈なスパイクがマリオの顔面を直撃した。
「にぃぃいさぁぁあああん!」
 マリオの中の熱い何かがはじけた。
(そうだ、今まで、こんな辛いときこそ俺はがんばってきたんだ。スーパーと呼ばれた俺が、こんなところで負けるわけにはいかないんだ!)
「ルイージィ! トスをしろぉお!」
「兄さん!? 分かった!」
 トスを上げた直後、マリオはボール以上のスピードでジャンプした。一瞬の出来事に会場は何が起きたか分からない。
 三日月のように体を反らせ、マリオが空中で静止する。
「くらえぇい! ファイヤァァアアボォォオルゥウ!」
 マリオの渾身の力でスパイクされたビーチボールは炎をまとい、相手コートのど真ん中に炸裂し、爆散した。
 ピピーッ!
「勝者『マリオブラザーズ』!」
「ワァァァアアア!」
 観客は一気に盛り上がり、手を叩く。それはみんなのあこがれだったスーパーヒーローが戻ってきたことによる歓喜でもあった。
「やったね、兄さん」
「ああ、多分数日動けないよ」
「マリオ―! おめでとう!」
 ピーチ姫がマリオに走り寄ってくる。
「みんなはジャンプばっかり見てたけど、私が知ってるマリオはあの必死な姿なのよね。前のこと思い出しちゃった」
 そしてピーチ姫は恥ずかしそうに顔を赤らめ、マリオの顔に自分の顔を近づける。
「えっ? なに?」
「デートの前に、今日のご褒美よ」
 そういうと、ピーチ姫はマリオの頬にキスをした。
 さらに沸き上がる歓声。
「クゥーン」
「大丈夫だワンワン。今日負けたことが、後の大きな財産になるのだと偉い人が言っていた」
「ワフ」
「でも我が輩は悔しい悔しい悔しい悔しい!」

 次の日の夜。
「はぁ。おもしろい番組やってないなぁ」
 マリオはいつもと同じ部屋でニュースを見ている。
「あ、兄さん。これってあの時の」
「えっ?」
 ニュースキャスターは淡々と喋る。
「先日、キノコビーチで行われた『キノコビーチバレー大会』ではマリオブラザーズが優勝し、大いに会場を沸かせました」
「よかったね、兄さん」
「まあな。日焼け痛いけど」
 顔は少しも痛くなさそうにして喋るマリオの先には、一つの写真が飾られていた。
 はにかむマリオの横にはにっこりと笑うピーチ姫、そして後ろには、海に来ていた多くの観客が笑っている写真があった。