エイプリルフール

「兄さん。四月だね」
「ああ、新しい生活が始まってる人もいて、そうでない人もなんとなく引き締まった思いで迎えられる月だな」
「兄さんも、早く仕事できるといいね」
「あ、ああ……」
「あ!? ゴメン兄さん! そういうつもりで言ったんじゃ!」
「いや、いいんだ。その通りなんだから」
「ほんとにごめん」
「き、気にするなよ! 転職なんてすぐだってすぐ! 余裕だよ!」
 昨年末、景気の低迷と、ひとつ大失敗をしたことを理由に配管工をリストラされた俺は、悶々と日々を過ごしていた。


「じゃあ兄さん。行ってくるよ」
「ああ、気をつけてな」
 弟のルイージは地方公務員として安定した毎日を送っている。今は忙しいらしいが逆に充実していると言っていた。
 今日弟は仕事が休みだが、会社の新年度パーティだとかで外出するらしい。
「今日は夜まで一人か」
 何をするでもない一日がまた始まった。
『ずっと家にはいないほうがいい』と弟に言われたので、近くの公園でお昼前から夕方まで過ごすのが日課になっていた。
 何をするのでもなく、ベンチに座って鳥を見ていたり、子供達の笑い声を聞いていた。
「はぁ」
 弟と自分の差がどんどん開いていくことに、もう焦りさえ感じなくなってしまった。このまま死んでやろうか? そんなことを思ったりもした。
 死ぬのを止めてくれたのは、過去の自分の栄光だった。栄光は自分を縛りもしたけれど、今回は崖の上から引っ張ってくれているようだ。
 何もしないまま過ごす時間は長く感じるが、何もしてないので帰ってみると早く感じる。
「夜はカップラーメンだな」
 今の現状は何とかしたいが、なぜかやる気が出ない。
 何もない毎日を送る。それだけがすべてだった。


 我が家に到着した。いつもどおり暗がりの玄関。冬と比べて日が長くなり、玄関を夕日が照らしてくれたおかげで少し寂しさがまぎれた。
 玄関を開けてもただいまを言う相手さえいない。まあ、それは働いてた頃もそんなになかったが。
「さっさと入るか、まだ寒いしな」


 ギィ


 パーンッ! パーンッ!
「えっ?」
「おめでとう兄さん!」
「マリオ、おめでとー!」
「おめでとうございますマリオさん!」
「おめでとう!」
「ルイージ、ピーチ姫、キノピオ、デイジーまで。どうして……」
「なにって……やーね、忘れちゃったの? 今日は私たちが最初に出会った記念日でしょ?」
「えっ? あ……」
 そうだった。去年のこの日、俺はピーチ姫に出会って、一目ぼれして。そしてピーチ姫がさらわれて……冒険が始まったんだっけ。
「『絶対助けるから』って言ってくれてほんとに心強かった。あのときの顔、忘れないわ」
「やだピーチ、のろけ?」
「いいじゃない! 今日はそういう日でしょ」
「…………」
「だからね、マリオ。そんな顔しないでよ。あの時もいっぱい失敗したんでしょ? それでも、ボロボロになっても私を助けに来てくれた」
「ボクもお助けしたんですが……」
「しっ! いいところなんだから黙ってなさい」
「あなたは考えすぎないほうがいいのよ? 感情のまま、やろうと思ったことだけをやり続ければいいの。そうすれば結果は後からついて来るんだから」
 ピーチ姫は穏やかな顔で、こちらに近づいてきた。
「えっ……なに?」
「また、私を助けてね? 赤いマントをまとった王子様」
 ちゅ。
 
 ……そっか、俺には大切な人達がいた。
 下を向いていて、その人たちの影にさえ気づかなかった。
 こんなに近くにいたのに……。



「そうだ、兄さん。配管会社から連絡が来たんだけど、景気が良くなったらしくて、人手が足りないんだってさ。腕のいい配管工が欲しいみたいなんだ」
「えっ?」
「『本当にすまなかった。明日からでも来て欲しい』ってさ」
「やったじゃないマリオ!」
「今日は就職祝いも兼ねてるんですよ!」
「私とデイジーでケーキ作ったの。いっぱい食べてね。おめでとう!」
 ピーチ姫は自分のことのように笑った。本当にきれいな笑顔だった。
「兄さん、朝のことは全部ウソだよ」
「ああ……知ってるよ」
「エイプリルフールだよ」
「ああ…………知っているよ…………」
「やだな、マリオさん。泣かないでよー」
「マリオって泣き虫ねー。よくそんなんで私を助けに来たわね」
 みんなが笑いあう中、俺は涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で笑ってたと思う。



 エイプリルフールにつかれたウソは、最高のプレゼントだった。



おわり