艦娘とバレンタイン

 バレンタインデー。
 日本では女性が男性に贈り物をしたり、想いを伝える日である。だが私は、まだ男性にそのような事をしたことは無い。しかし女性にはある……と言うのは、私には三人の姉妹が居るからだ。バレンタインデーになると金剛姉様や比叡姉様、榛名と自分で各々作ったお菓子を持ち寄りティーパーティをする。『友チョコ』ならぬ『姉妹チョコ』という奴だ。私にとってバレンタインデーは姉妹とお茶をする日なのだ。
 しかし、今年に限ってはチガウ。
 私に新しい上司ができた。上司は男性で、つまりいつもお世話になっているお礼と言うことで、形式的にも私はチョコを上司に贈らねばならないと思っている。……面倒なことだ。
 なぜ態々(わざわざ)義理チョコを上司に渡さなければならないのか。こちらの気持ちはこもってないし、チョコを受け取る向こう方もそんな気持ちのこもってないチョコを受け取り、嫌な気分になるのではないかと思う。
 良いではないかバレンタインデーは家族とお菓子を囲む日で。まったくチョコを贈ろうなどと最初に言った輩には遺憾の意を示したい。
 ――前置きが長くなってしまったがつまりそういうことなので、とりあえず、上司にはどのような『義理チョコ』を渡すのがふさわしいか、まずは姉妹で一番人生経験が豊富な金剛姉様に聞いてみた。
「ンー、霧島もお茶目さんネー。霧島が作ったものならどんなものでもバーニングラァブ! ヨ」
 金剛お姉様はこう言っていたが流石に『何でも良い』というのは言い過ぎではないのか? 例えば私がバレンタインに豚汁を作って司令に贈ったら司令は喜ぶのだろうか? そもそも私はお姉様の言う『バーニングラブ』の意味を今現在に至るまで全く理解できていない。バーニングしたら消し炭になってしまうではないか。……いや、流石に捻くれ過ぎた。バレンタインぐらい汁物ではなくしっかりお菓子を贈るべきだろう。
 ――しかし、お菓子と言っても色々ある。チョコレート一つとっても色々ある。男性受けが良いのはどんなお菓子だろうか、比叡姉様に聞いてみよう。
「そんなときはカレーチョコレート! カレーならすぐできるしスパイスを調合すればどんな味も変幻自ざ――」
 比叡姉様には何も聞かなかったことにしよう。流石にお菓子作りの経験が少ない私でもお菓子の善し悪しは多少理解しているつもりだ。カレーの隠し味にチョコを入れる話はよく聞くが逆はきっと良くない結果になると考察できる。カレーチョコ駄目、絶対。
 姉様二人との会話が不調に終わり、残るは榛名に聞くしかない。正直、あまり気乗りはしない。なんというか、別に榛名は質問したら快く応えてくれるだろうし、嫌な顔一つせず手伝ってもくれるだろう、だが、なんというか、その、つまり……うまく言葉にできないが、あまり榛名にこういうことを相談したくないというか……いや、相談しなくてはならないのだけれども。
「なら一緒に買いに行くか……私が作ったチョコを一緒に渡す?」
「いいえ、私が自分で作るから」
 榛名は何を言っているのだろう。人様の作ったものではなく私が自分で作らなければ『私の義理チョコ』にはならないはずなのに。
「ふふ。じゃあチョコ味のカップケーキを作りましょう。作り方は教えるわ」
「そう。ありがとう、榛名」
「いえいえ、霧島が誰かのためにお料理したいというならいくらでも協力するわよ」
「いや、今回のこれは義理チョコだから……」
「そうだったわねウフフ」
 榛名は上機嫌で準備を始めた。作るのは私なのに何がそんなにうれしいのだろうか? 榛名の考えていることはよくわからない。
 まあいいか、とりあえずこれでようやく開始できる。比叡お姉様の言葉ではないけど、気合い、入れて、作りましょう、義理チョコを。



 バレンタインデー。
 一人前のレディーとしては避けられないイベントね!
 司令官には鎮守府で一番シックでムーディでロマンチックなチョコを渡すんだから!
 と、言っても私は正直お料理は得意じゃない。
 かといって買ったチョコを渡すのはレディーじゃないわ。
 ここはお料理が得意な雷に手伝ってもらおう!
「雷、ちょっと手伝って欲しいんだけど」
「暁がお願いですって! 一体どんな要件かしら?」
「うん、チョコを作りたいんだけど。シックでムーディでロマンチックな奴」
「しっく? むーでぃ? ……とりあえずおいしいチョコを作ればいいのね?」
「そう、私のチョコで司令官をイチコロにするんだから」
「暁ちゃんもチョコを作るのです?」
「あ、電も手伝ってくれるかしら。ん? ……暁ちゃん『も』?」
「電も司令官さんに渡すチョコレートを作ろうと思っていたところなのです」
「そうなんだ」
「はいなのです。じゃあ、これから一緒に作りに行かない?」
「そうね、人数は一杯いた方がムーディなアイディアも出やすいし、そうしましょう」
「せっかくだから響も誘わない? 私、呼んでくるわ!」
「そうね、じゃあそっちは雷にお願いして、暁と電は準備してましょう」
「なのです!」

「うーん、シックでムーディーでロマンチックなチョコって正直どんなのかしら?」
「電は牛乳が入ったチョコを作るのです!」
「私はフルーツが入ったチョコね! 響は?」
「私は……ウイスキーボンボンかな」
「響凄い! 大人ねー」
「なのですー」
「先手をとられたわ……どうしよう。大人なチョコ大人なチョコ大人なチョコ……そうよ、苦いチョコを作るわ!」
「おお! 苦いチョコ、それは確かに大人ね!」
「でしょ? よーしこれで提督のハートはイチコロよ! でも苦いチョコってどんなのかしら? とりあえず苦い食材を集めるわ!」

「とりあえず集めてみたけど……これで大丈夫かしら?
「カカオ、ピーマン、ゴーヤ、パセリ、青汁……。なんか全体的に緑色なのです……」
「これはいくら私でもちょっと無理かも……」
「そんな! 雷なんとかして! 私の……一人前のレディーの運命がかかってるのよ?」
「とりあえず、全部ミキサーで混ぜてみれば良いんじゃないかな。やらずにあきらめるよりはやった方がいい」
「響の言う通りよ! 雷、お願い……」
「う……そ、そんなに頼まれたら断れないわ! この雷に任せなさい! な……何とかしてみせるわ!」
「やったー!」
「雷……頑張るのです。愛があればきっと、何でも甘くなるのです」
「よーし、雷、電、響。がんばるわよ!」
「「「「おー!」」」」


 もうすぐバレンタインデー♪
 艦隊のアイドルとして、この国民的イベント絶対成功させちゃうんだから!
 那珂ちゃんパワーで世界の人みんな甘く甘くな〜れ♪ なんてね、キャハ☆
 とりあえずぅ、ただチョコを男の人に渡すだけじゃ那珂ちゃん駄目だと思うの! だってそれじゃただの女の子だもん。それは那珂ちゃんもたまには普通の女の子に戻りたいときもあるけどぉ、やっぱりみんなの『アイドル』だもんね! 誰か一人に気持ちを向けるのはノンノン♪ 鎮守府のみんなにとっくだいのサプライズをお見舞いしちゃうんだから! そうと決まったら準備スタートぉ♪♪♪
 ……でもどぉしよかなぁ。なにをしたらいいんだろ?
 うーん、那珂ちゃんいきなり大ピーンチ! 誰かに相談しよぅかなぁ。でもでもぉ、川内や神通は那珂ちゃんみたいなキャピ♪キャピ♪度が足りないし、きっと良いアイディアでないよね? うーん…………。
 …………あ、でもこういう困ったときに頼れるものがあるんだった! よーし那珂ちゃん俄然やる気がわいてきたぁ!!! みんなのハートにラブビームをシュゥゥゥゥウゥト♪

「ねぇ、熊野さん熊野さん」
「あら、那珂ちゃんさん。どうしましたの?」
「ちょっとバレンタインデーの協力をして欲しいンだけどぉ駄目かなぁ?」
「はぁ、バレンタインデーですか。一体何を協力して欲しいんですの?」
 那珂ちゃん、困ったときはやっぱり『お金』だと思うの!
 レッスンするのも、お肌を綺麗に保つのも、那珂ちゃんを宣伝するのも全部ぜーんぶお金が必要だもんね! お金大事!
 そして熊野さんはお金持ちという設定! 神戸生まれだし、口調もセレブだしバッチリよね!
 あ、これを読んでるみんなの所にいる熊野さんは違うかもしれないけど、ここではそういうことにするから許してにゃん! お詫びにみんなにラブ注入♪ キャハ☆
 というわけで、お金持ちの熊野さんにスポンサーになってもらって、その財力で特大の仕掛けをしようと思いまーす!
「『おしゃれ』な熊野さんにお願いがあります! 那珂ちゃんみんなにバレンタインのチョコを渡したいんだけど、お渡し会をするときっと一日じゃ終わらないの! だから『おしゃれ』な熊野さんに『しゃれおつ』な渡し方でみんなにチョコを渡せるようにして欲しいの!」
「そ、そうなの。……ま、まあこの『おしゃれ』で『しゃれおつ』なわたくしならば、そんなことはたやすくてよ。那珂ちゃんさん」
「協力してくれるの?」
「ええ、那珂ちゃんさんの願い、承りましてよ」
「わー! ありがとぉー! ……ていうか熊野さん。その那珂ちゃん『さん』っていうのはなに? さんをつけるなら『那珂さん』だよ?」
「え、そうでしたの? わたくしてっきり那珂ちゃんさんの『ちゃん』までが名前だと思っていましたわ」
「そ、そうなんだー」
 まぁそんなことはよくあるあ…………ないよねー。熊野さんのその天然センス、那珂ちゃんにも欲しいっ!
「とりあえず那珂ちゃんさんの協力をしますわ……セバスチャン」
「はい、熊野お嬢様」
 誰!?
「那珂ちゃんさんが『しゃれおつなバレンタインチョコお渡し会』を所望していましてよ」
「かしこまりました」
「熊野さん……その人はもしかして」
「執事のセバスチャンですわ。アイディアがあれば彼に何なりと申せばいいですわ」
 ……さすがセレブ設定熊野さん。鎮守府に執事を呼び寄せるとは……恐ろしい人!
 でもでもこれであとは金にものをいわせてみんなにハッピハッピなバレンタインプレゼントを贈るだけだよね♪
「よぉーし! スーパーアイドル那珂ちゃん、芸能界の荒波越えて、バレンタインまでのアイドル道、お金の船に揺られて突き進みますっ!」


「なんでチョコを渡すのに屋外に行かなきゃならないんだ、那珂の奴、一体何をするつもりだ……」
「あ、司令官、お日柄も良く、なのです」
「あ、やあ暁、確かに良い天気だな今日は」
「あの司令官、暁……渡したいものがあるです」
「ん、なに?」
「これです」
「これは……チョコレート。もしかして、手作りか?」
「と、当然よ! 一人前のレディーなんだからチョコレートぐらい手作りできるわ! ……まあ雷に手伝ってゴニョゴニョ」
「え、なに?」
「な、なんでもないわ! それよりここで食べてくれない?」
「ここでなきゃだめなのか?」
「レディーのお願いを聞けないなんて、ジェントルマンとして失格よ、司令官!」
「あ、ああわかったよ食べるよ。…………」
「……どう?」
「………………にが! なんだこれ苦っ! なんかピーマンとかゴーヤとか色んな種類の苦みが!」
「…………おいしくないの?」
「……えーと…………」
「……そうなんだ…………おいしくないんだ。……おい……し……く……グスッ」
「……あれ? でも……」
「ぇ?」
「…………おいしい。最初は苦いと思ったけどあとからカカオの香りと確かな甘みがあって……、苦さが甘みを引き立てていて、とっても……おいしい。おいしいよ暁! このチョコおいしいよ!」
「……そうなの?」
「ああ、暁、おいしいよこのチョコ! 正直今日は朝から色んな子にチョコを渡されてもう口の中が甘々だったから最初苦みにびっくりしたけど、逆にその苦みが清涼剤になってチョコのおいしさを思い出させてくれたんだ! ありがとう暁! こんなにおいしいチョコを作ってくれて!」
「あ、頭をなでなでしないでよ! もう子供じゃないって言ってるでしょ! でもそうなんだ。おいしかったんだ……グスッ……よかった……おいしくて」
「暁やったー!」
「なのですー!」
「урааа!」
「ちょ、ちょっと! みんな抱きつかないでよ! や、やめてっていってるでしょ! ……もう、みんな子供なんだから―!」
「大成功ね暁!」
「最後に愛は勝つ、なのです!」
「私も心から祝福するよ、暁、おめでとう」
「もう、チョコ渡したくらいでみんな何言ってるのよ! 恥ずかしいからやめてよね!」
「なんだお前等いたのか」
「当然よ! 私達だって司令官にチョコを渡しに来たんだから! はい、司令官!」
「それに那珂さんに呼ばれているのです。あ、これ電が作ったチョコレートなのです」
「はい司令官。暁のものにはかなわないかもしれないが口に合うと良いな」
「ああみんなありがとう。そうか、みんなもあいつに呼ばれているのか、よしじゃあ行くか!」


「さて、外に出たはいいが、一体どこにいるんだあいつ。……ん、あそこにいるのは霧島か、おーい霧島!」
「あ、司令。……ちょっとこちらに来てくれませんか?」
「あ、良いけど、一人で?」
「はい、重要事項なので」
「ん、わかった。じゃあみんな那珂を探しといてくれ」
「はいなのです」

「重要事項って言うのはなんだ霧島?」
「はい、司令にこれを……」
「これは……チョコレートか」
「はい、いつもお世話になっている司令に義理チョコです」
「これを渡すためにこんなひとけの無いところに?」
「はい、みんなに見られてしまうと義理チョコに見えないですから」
「そ、そう……か? ……あれ、でもなんかこのチョコ、市販品に見えないような……」
「はい、私が自分で作りましたから」
「え!? 霧島が作ったの!?」
「はい、その方が気持ちが伝わると思って。なにかおかしかったでしょうか?」
「……。えーと霧島、この義理チョコはみんなにも配ってるんだよな?」
「いえ、司令にだけですが?」
「つまり……オンリーワン?」
「はい、オンリーワンです」
「…………えーと、霧島、これは何かの冗談か?」
「はい? 何も冗談は無いですが」
「……なにかおかしいような」
「おかしいのは司令の方です。さっきから私の顔を見ながらそわそわして一体なんでしょう? 私の身なりや振る舞いがおかしければそう言ってもらいたいのですが……」
「……だれか……助けて……」
「えーと、渡すものは渡しましたし、私はもう行きますね司令、では」
「ちょおぉっと待つネー!」
「え? その声は……金剛姉様」
「気合い! 入れて! 行きます!」
「榛名も……います」
「比叡姉様、榛名まで、どうしたの?」
「ビッグな勘違いをしているシスターにお姉ちゃんがアンサーを届けに来たヨ!」
「勘違い? 艦隊の頭脳と呼ばれたい私にどんな勘違いが?」
「えーとね、霧島、よく聞いてね……」
「榛名? 私の作ったチョコは完璧だったでしょう?」
「うん、チョコは完璧なんだけど……」
「なら一体……」
「普通義理チョコはひとけとか気にしないネー」
「え?」
「私が金剛お姉様に渡すチョコは手間暇掛けて気合い入れて作るけど、義理チョコは市販品を渡すことが多いのよ! 手間を掛けるものではないわ!」
「……え?」
「それにね霧島。普通、義理チョコって色んな人にあげるのよ。一人のためだけに作って渡したらそれはもう……本命よ」
「…………え?」
「えっと……霧島……チョコ……ありがとな……」
「え…………は…………え? …………ほん……え? ほん……め……い? 私……本命……チョコ……司令……? ………………………………………………いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「あ、霧島が顔真っ赤にして逃げたネー! 追うネー!」
「いやあああああああああああ! 海で頭を! 頭をマイクチェックして主砲、全門斉射して艦隊の頭脳です!?」
「凄く混乱してるわ! 榛名! 私達も行きましょう!」
「はい!」
「マイクチェックマイクチェック〜わたしは〜マイクチェックぅ〜♪ そーれ1、2、1、2♪」
「歌い出したネ! いよいよジエンドネー! 急いでホールドヨー!」
「えーと、俺はどうしたら。……うんそうだ、那珂を探してるんだった、よし、那珂の所に行こうそうしよう」


「さて、那珂はどこかな―、なんか向こうで砲撃の音が聞こえるけどアイドルの那珂ちゃんはどこかな―?」
「那珂ちゃーん、さんじょーう!!!」
「あ、司令官。上を見て!」
「上? …………おい雷、艦これの世界観をぶち壊すようなオ○プレイ似のヘリコプターの中から拡声器でこっちを呼んでいるのは、もしかして那珂の阿呆か?」
「みんなー集まってくれた―? みんな私のために集まってくれてありがとー! 祝砲まで撃ってくれて那珂ちゃん世界一幸せだよー」
「祝砲というか、主砲を撃ってるんだけどね……」
「霧島さんなのです……」
「ではではここでぇー! あちらをご覧くださーい!」
「うお! 海面上にでかいモニターが出現した!」
「しかも画面の中で那珂さんが『恋の2−4−11』を歌っているのです!」
「あいつ……どんだけの金を掛けたんだよ……」
「これはハラショー」
「今日は那珂ちゃんのために集まってくれたみんなにチョコレートのプレゼントがありまーす! 安心して! 今日のチョコはみんな『本命』だから! 那珂ちゃんはみんなのこと、本気だから!」

「ほん……めい?」
「あ、霧島の動きが止まったネ!」
「お姉様! あれは止まったのではなく三式弾を装弾しています!」
「オ○プレイに当てる気!? 霧島やめてええええ!」
「義理チョコアタァァァァァァァァァァァァックゥゥゥウ!」
 ドォォォオーン!
「チョコ行きまーす! せーの! ……キャアアアアア!」
 ドカァァァアーン! パラパラパラ。
「………………汚ぇ花火だな、長門」
「そうだな、木曾」
「『花と咲き、花と舞い散るアイドル道。輪廻の先に、空で花咲く艦隊娘』どうかしら、セバスチャン」
「お後がよろしいようで」



fin.



 ちなみに那珂ちゃんはオ○プレイの妖精さん達に助けられ無傷でした。
「那珂ちゃんは永久に不滅です!」