アンパンマンのマーチ

 2030年。科学が進歩し、人だけでなく物や動物、果ては細菌までもが共通言語で会話できるようになった。
 しかし細菌はやはり受け入れられず、細菌人とそれ以外の連合軍との戦争が始まった。
 細菌人側はバイキンマン意外全滅し、連合軍側の戦闘要員もアンパンマンとカレーパンマンのみだった。

「あ、アン。また自分の顔をあげていたのか?」
「なあ……戦って戦って……お腹が空いてる人に顔をあげて……それがなんだっていうんだろうな」
「……」
「時々思う。俺って何がしたかったのかなってさ」
「なぁ……実はお前ってすごいことしてるんだぜ?知ってるか?」
「え?」
「みんな顔を食べられたり、どんぶりの中身を食べられたら力が入らなくなる。動けなくなる、しばらくしたら存在も消えてしまうんだ。誰も見つからないところでそうなるかもしれない。それって自殺みたいなもんなんだぜ?」
「……」
「俺だって、食パンだって自分の顔はあげない。別に作ってみんなにあげている。自分の顔をあげるなんて正直怖い、命は惜しい。でもお前は普通に自分の顔をあげているんだ」
「……」
「俺はお前が羨ましい。多分食パンだってそうだ。そんなギリギリの境界で戦っているお前が、そして、それを苦ともなんとも思っていないお前が……羨ましい」
「……」
「よく頑張った……。もう……もう……休んでもいいんだぜ?……もうお前は自分の幸せだけを願ってもいいんだ」
「…………でも、でも俺はそれでもみんなを助けたい。目の前の人が求めているなら、俺は助けたいんだ」
「…………そうだな。それでこそアンパンマンだ。…………でもな、お前を信じて待っている人もいるんだぜ?わかっていると思うがな」
「ああ……」


 二人は最後の激闘の末、勝ちをもぎ取った。しかし、カレーパンマンはその戦い中に生き絶え、アンパンマンの命も終わろうとしていた。
 もう命が尽きようとするその刹那。昔のことを思い出した。

「ねえ。あなたの幸せってなに?」
 いつか笑って彼女が話した言葉だけが、鮮明に蘇る。
「そんなのもうとっくの昔からわかってる……。俺はみんなが幸せなら幸せなんだ………。」
 俺はみんなのアンパンマンだから。みんなの夢を守るから……。
「――いや、それは違うな。白状する。実は、本当の俺の幸せは――。」
 言ってはいけない言葉が出る。
 それはアンパンマンという存在を否定する言葉。
「俺の幸せは……、お前と一緒にいることだけだった。一緒に時を過ごせればそれだけでよかった。」
 ――全くもって恥ずかしい。
 俺はみんなのアンパンマンだってのに。
 肝心の俺の方は結局一人しか見ていなかった……。
「お笑いだな」
 最後の最期にそれに気づくなんて……。
 いや、気づいていたが言葉に出せなかった言葉。
「さよなら。バタコさん」
 次生まれることがあったら、この思いを伝えよう。俺は次こそ彼女のためだけに生きていきたい。
 もうまぶたにも力は入らない。涙だけが何故かあふれ出てくる。もう助からない。
 ……存在が消えていく……。
 ……言い忘れていたことを思い出した。
「あけましておめでとう。バタコさん」
 これから先永遠に言えることの無い言葉を言って、これから先過ごすはずだった未来に思いを馳せながら。
 静かに残された時を刻む。
 五感は既に亡く、意識さえその存在を消去するとき。
「アンパンマン!新しい顔よ!」
 聞こえるはずのない懐かしい声を聞いた、そんな気がした…………。


エンディング「アンパンマンのマーチ」(2番)